赤坂居酒屋 誕生から27年、「タカラcanチューハイ」はこう生まれた

 缶入りチューハイのパイオニアである宝酒造の「タカラcanチューハイ」。1984年に発売され、現在に至るまで根強い人気を誇っているこの商品はどのように生まれたのだろうか

第2次焼酎ブームを受けて開発

 宝酒造の焼酎「純」のヒットもきっかけで訪れた1980年代前半の第2次焼酎ブーム。1970年代の第1次焼酎ブームではお湯割りがもてはやされていたが、第2次焼酎ブームでは1981年ころから焼酎を炭酸で割った「焼酎ハイボール」、略して「チューハイ」が首都圏を中心に流行の兆しを示していた。

 当時、チューハイが流行した理由として、筆者は2つ挙げられると考えている。

 1つ目の理由は、消費者側からのニーズ。世界的なカクテルブームが日本にも影響を与え始めており、それと同時に女性が飲酒シーンに本格的に参加するようになっていた。健康意識の強い消費者が参入したことで、低アルコール飲料へのニーズが高まり始めていたのである。

 2つ目の理由は、サービサー側からのニーズ。誰でも作れる簡単なメニューとして、大手居酒屋チェーンが導入したのである。当時のカクテルはレシピが難しかったため、お酒に詳しくないアルバイトでは作ることができなかった。そのため、簡単に作れるチューハイが取り入れられたのである。

●ポイントは「辛口」

 こうしたチューハイブームを受けて、宝酒造では1983年1月に「缶入りチューハイ商品化プロジェクト」がスタートした。

 商品開発のポイントとして、筆者は「辛口」というジャンルを切り開いたことが重要だと考えている。同社が行った消費者飲用実態調査で、食事時にチューハイが飲まれていると判明。そのため、「ご飯を食べながらでも飲みやすい」ということがキーとなり、甘みのない「辛口チューハイ」というカテゴリーの商品が開発されることとなったのだ。

 現在、チューハイは果汁入りを中心に人気を集めているが、それはお酒というよりは“コミュニケーションツール”として飲まれている意味合いも強い。それとは違い、1984年に発売された「辛口」の「タカラcanチューハイ」は“お酒”としての味を重視する30~40代も納得する出来だったことがヒットのポイントだったと思われる。

 販促活動としてはコンビニが導入するまでは、オピニオンリーダーに商品を送るといった地道な宣伝活動を行ってきた。ちなみにタカラcanチューハイなど宝酒造の商品はコアターゲットを絞っているため、路線広告はJR常磐線に集中させているようだ。

 認知を広げる上では、コンビニの棚に並べてもらうこと自体を一番の宣伝と考えているように思える。コンビニに対しては安定した売り上げを維持して、信頼してもらえるように注力。その信頼を勝ち取れているのは、商品の“味”を理解してもらっているコアターゲットの消費者を裏切らない品質にこだわり続けているからだろう。

【笠井清志,Business Media 誠】

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